Painter Meguru Yamaguchi

#3
ペインター
山口 歴
パズルみたいなコラージュだから、足し算もできるし、引き算もできる。 ラフに描かれた大輪の花。立体的な花びらの正体は、切り貼りされたアクリル絵の具だ。その大胆な色合いを引き締めているのは、ピンクや黄色の蛍光色。有機的なフォルムと人工的な直線を組み合わせた作品には、コンセプチュアル・アートやグラフィティ・アートの影響も垣間見られる。

Painter・山口歴さんのテーマは、“カット&ペースト”。コラージュとペインティングをミックスさせた“ミクストメディア”という技法で、作品づくりをしている。

「写真では伝わらないかもしれませんが、結構分厚いんですよ。ビニールを貼ったアクリル板の上にアクリル絵の具を塗り、2日ぐらい乾かして、剥がして、切って、貼って……の繰り返し。それを最後にコーティングすると、1枚の絵になるんです」

以前は油絵をやっていたという山口さん。憧れはゲルハルト・リヒター。だが、彼の描き方では絵の具がなかなか乾かず、色を重ねる度、ぐちゃぐちゃに混ざってしまうのが悩みだった。

「どうしたらきれいな色のまま残しておけるかなって考えたとき、汚れ防止のために敷いていたビニールに触ってみたら、絵の具がきれいに剥がれたんですね。それで、これいいじゃん、使えるじゃんって。パズルみたいに1度置いてみることができる点も気に入っています」

制作期間は1週間半~2週間。乾かす時間もかかるため、学校が休みの間や夜中に作業することが多い。

「絵本作家のエリック・カールが50枚くらい下地を保存しておいて、そこから描いているようなこと聞いたとき、自分もそうしようと思って。今では素材をテーブル5つ分くらい一気につくって、使わなかった分は次の作品用としてラップにくるんで保存しているんです」

既に自分のスタイルを確立したかのように見える山口さん。だが、実際はまだ手探り状態であり、このスタイルの完成形が見えるときもあるが、見えなくなるときもあるという。

「パズルみたいなコラージュだから、足し算もできるし、引き算もできるんですよ。次はこの技法で、人の顔とかも描いてみたいなと思っています」

今はまだ、第一線で活躍している人の現場をアシスタントとして見させてもらう時期。

山口さんが絵画に目覚めたのは早い。アメリカ好きだったご両親のおかげで、幼少の頃からバスキアやウォーホル、キースへリングといった80年代ニューヨークのストリート・カルチャーやポップアートから多大なる影響を受け、6歳のときには地元の画塾に通学。高校卒業後は美大進学をめざして浪人もした。

「通っていた予備校がスパルタで、『芸大(東京芸術大学)が一番で、そこに入れないと食っていけないよ』と刷り込まれていたんです。でも、友達なんかを見ていると、芸大を出ても全然絵描きとしてやっていない。試験に受かるよう芸大の先生に気に入られるような絵を教える人もいたのですが、それには馴染めなくて、違和感ばかりを感じていました」

そんなとき東京・蒲田のスタジオで出会ったのが、現在のボスである松山智一氏。ニューヨークで活躍している彼から、日本とアメリカのアートに対する姿勢の違いを学び、深い感銘を受けた。

「当時はキノコのキャラクターみたいなモノを描いていましたね。なんか疲れていたというか、自分がやりたいのはこういうことじゃないなって思っていた時期でした」

初めての個展は東京・青山にあったリーバイスのセレクトショップ内。ケチャップの容器に詰めたメディウムなどによって描かれた“キノコの集大成”は、グラフィティ・アートや漫☆画太郎を現代っぽくしたような感じだったと山口さんは振り返る。

「会場に置いていたノートを見ると、『アメリカ行った方がいいんじゃない?』とか、『これ日本じゃウケないでしょ』みたいな反応ばかりで(笑)。絵を買ってくれたお客様にも、『ニューヨークとか行った方がいいんじゃない?』と言われて、この街を意識するようになりました」

渡米を決意した山口さんは松山氏に連絡。最初は断られたが、何度もメールを送ったり、会いに行ったりして、手伝わせてもらえることになった。ニューヨークに移り住んだのは2007年。現在はアシスタントをしながら、コミュニティ・カレッジに通い、空いた時間に自分の作品を描くという忙しい日々を送っている。

「日本とアメリカの学校は全然違いますね。日本の予備校では誉められたことなんて一度もなかったんですけど、こっちは誉めて伸ばす感じ。一度だけSVA(School of VISUAL ARTS)の水彩画クラスをとったことあるんですけど、みんな全然ヘタなんですよ。でも、すごくイキイキ描いていて、これが3~4年くらいすると、誰も真似できないオリジナルになっていくんだと聞いたことがあって。アメリカの美大は悪くないなって思いました」

「もちろん、日本の予備校で学んだデッサンなども無駄ではなかった」と語る山口さんだが、アートに対する理解の違い、マーケットの大きさの違いにはショックを受けたようだ。

「お客さんが構えていないというか、反応がいいんですよね。生活にアートが溶け込んでいるから、展示すると、いきなり一般のお客様から『作品売ってくれ !』というメールがきたり、アートコレクターみたいな人が結構いるから、何千ドルって作品が売れたりするんです。若いアーティストをどんどん出すべく、キュレーターという職業が確立されていたり、日本の何倍もギャラリーがあったりする点も大きいのでしょうね」

ニューヨークでグループ展や個展も開催し、順調に活動している山口さん。ここまでこられた要因を尋ねてみると、意外にシンプルな答えが返ってきた。

「好きでやっていることを、ずっと続けるだけの話だと思うんですけどね。それで、人と出会って……というのが大きいかな。自分にとしては、今はまだ、アシスタントとして働きながら、ニューヨークの第一線で活躍している人の現場を見させてもらうのが一番いいかなって思うので、今後徐々にスタイルやコンセプトを確立させていきたいです」

やまぐち・めぐる 1984年、東京都生まれ。高校卒業後、洋書店、デザイン事務所を経て、2007年渡米。松山智一氏のアシスタントを務める傍ら、ニューヨーク市立大学ホストスコミュニティーカレッジにて、リベラルアーツを専攻している

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