Singer Maya Taketani

#5
シンガー
竹谷摩耶
お母さんがピアノの先生だったから、もう、すごいねん。練習めっちゃさせられるし、間違えると飛んで来る。すごく嫌いやったけど、やめたらウチの子じゃないって脅されていて。お兄ちゃんも従兄弟も全員途中でやめていって、アタシしか残っていなかったから、期待は全部こっち……。ホントはピアニストになって欲しかったんだと思うけど、アタシの手すごく小さいから、音大とか音楽の先生とか、そういう道、進むもんやと思っていた。
m: monocomplex
M: Maya

m: 大学は声楽科だったそうですが?

M: 親はピアノと勉強、どっちの教育にもすごく熱心やったから、小学校からお受験したんやけど、アタシはめちゃくちゃ学校とか勉強が大嫌いで、何かやめる方法はないかなって思っていて。大学どうしよってなったときに、オペラ歌手をしていたおばあちゃんと遊びで一緒に歌ってみたら、『そこそこ声出るな』って言われたので、『そしたら、これをレッスンしたら、勉強せんと大学行ける。よっしゃ!』みたいな感じになった。

m: それで、イタリアオペラ専攻で音大を受けたのですね。

M: 入った瞬間に『あ~、間違えた』と思った。もう、むっちゃお金持ちの子ばっかりやったし、花嫁修業みたいな感じで来ていたし。服とかもめっちゃお嬢様っぽくって、アタシはそのときガングロだっから、“ピアノはすごく上手やけど、ちょっと見た目おかしい子”みたいになっていて(笑)。今考えると、あのとき大学がもっていたモノ、何も好きじゃなかったかもしれん。やっぱり人間関係って大事やから、友だちおったら楽しいし……。だから、『お金が貯まり次第、絶対ココから抜け出したんねん!』って思って、すぐにバイト始めて、2年後に休学した。

m: そして、ニューヨークへ来たんですね。この街を選んだ理由は?

M: ミーハーやったから、ニューヨークがカッコいいと思っていた。実は下見を兼ねて2001年の9月1日に旅行で初めて来てるんやけど、帰国予定日の前日がSeptember 11になって……。それまで毎日楽しくて、また来たいなって思っていたのに、テロ起こってずっと帰られへんようになって、めっちゃ怖いし、英語もできひんし、初めて死ぬかもしれんと思って、毎日泣いていて。お金も使い切っていたから、大使館でお金借りて2週間半乗り切った(笑)。

m: そんな非常事態を体験したのに戻ってきたんですね。

M: そう! ココで生き残れたらどこでも行けると思って。これは運命や、ココに帰ってこな、ココしかないと思って。2002年に休学して、1年だけのつもりでこっちに来て、語学学校に通ったんだけど、やっぱりそれでは自分が思っていたほど英語できなくって……。これで『ニューヨーク帰りです』とか言いたくないって思ったから、結局伸ばすことにした。

m: 真剣に勉強していたんですね。

M: 生まれて初めて。たぶんあれはプライドみたいなモノだったと思う。ネタが言えないこと、人が笑っているのに『え、なになに?』ってなること、あと喧嘩ができないことがすっごくストレスやったの。言葉でバカにされることも、take advantageされることもめっちゃ嫌だったから、1年目は毎日スタバ行って、単語を100個覚えていた。で、次の日行ったら20~30個忘れているから、それ入れてまた100個……っていうのを3~4ヶ月。いつもメモ帳持ち歩いて、わからんことあったら通行人に聞いていたし、次のセリフが先に言えるくらい同じ映画や『フレンズ』を見倒した。

m: 負けず嫌いなんですね。

M: そうなんかな。英語ができひんから、相手にされるモノがないとすごく辛くって、ホンマはクラシック切っていたはずやのに、ジュリアード音楽院の夜間のクラスを取り出したんよね。そしたら、そこはあんまり言葉通じひんかっても、『ああ、そこそこ声はでるやん』みたいな感じで。相手してもらえたことがすごく嬉しかったし、久しぶりに強制じゃなく自分から歌えたことがすごく楽しかった。あのときは初めてクラシックやっていて良かったと思ったし、親に感謝した。

m: 友だちもできました?

M: うん。最初は突っ張っていて、英語できひんようになるとか、一緒につるんだらカッコ悪いとか思って避けていたのに、やっぱり情報とかは必要だったし、たまに日本語も話したかったから、寮で出会ったすごく年上の面倒見のいいお姉さんとは仲良くしてもらった。めっちゃ面白い人で、聞くこと全部が新しいし、ライブハウスに連れて行ってもらったら、そこが無茶苦茶楽しくって! 週3回、オープン~ラストでおるのに、次のバーまでバンドのメンバーに付いて行ったり、行けへん日はWebでNet Liveをじっと見たりしていた。

m: どこに惹かれたのですか?

M: ライブは誰でも知っている曲をカバーするようなオールジャンルだったんだけど、シンガーが全員めっちゃ男前やったし、聞く曲全部がカッコ良くって。で、メンバーと仲良くなったときに、すごく好きな曲のタイトルを教えてもらったら、『It's called Soul!』って言われてん。『お前はソウルが好きなんや』って。アタシ、ソウルって言葉すらあんまりわからんかったから、ソウル・ミュージックって言われるものを聞いてみたら、もう、めっちゃええやん! 二十歳まで何で避けてこれたんやろって不思議だった。

m: 影響を受けたアーティストはいますか?

M: そのライブハウスにイランっていうメインのボーカルがいて、見た目はカッコ良くないんだけど、パフォーマンスがいつもいいのね。彼ら毎日同じ曲を何年もやっているから、パフォーマーも飽きて、ダレてくるわけよ。でも、イランのパフォーマンスだけはいつもピカイチで、『お前ら何座っとんねん! 立てよ、踊れよ!』って客を立たせて、手を叩かせるから、彼が来るとダレてる客も盛り上がって、狭い店やのに通路でみんな踊るんよね。

m: それで、彼みたいになりたいって思った?

M: うん。ときどき『え?』っていうところで音程外すとか、間違えまくんねんけど、それが気にならんくらい、エンターテイナーとして見せ方が上手で引き込まれるし、歌詞なんて聞かんでも、何か伝わるモノがあって。『何かあの人とは通じるモノがある気がする』っていう幻想を抱かせることがエンターテイナーの仕事やし、そうでなければCDを聴けばいいやん? 生で見ることの面白さはそこにあるワケで、そう考えると、別に技巧なんて歌い続ければ後から着いてくると思うし、基本さえしっかりしていれば、ボイトレもそんなに続けるコトないとアタシは思うんよね。

m: 実際には何から始めたのですか?

M: どうやって始めたらいいか全然わからんかったから、教会のゴスペルに参加した。発声も全然違うんだけど、クラシックの基礎があったからか、割とスグにできたんよね。けど、ゴスペルって宗教の音楽で、めっちゃ信じてる人が『神様~、あなたに付いていきます~、 バタッ(気絶)』みたいな感じだったから、これはちょっとちゃうなと思って。別に神様も信じてへんし、申し訳ないなみたいな。

m: 3年ほど日本に帰っていたそうですが、何をしていたのですか?

M: 1年で休学していた音大を卒業して、あとの2年は働いていた。ボイトレのトレーナーにピアノの先生、英語の先生も。あとはバンドやったり、老舗のサパークラブで歌っていたんだけど、他のシンガーみたいにお客さんの席に着いたりとか、ご飯奢ってもらったりとか一切しなかったの。でも、彼女たちにしたら、それがめちゃくちゃ腹立たしかったみたいで、『小学校か!』みたいな嫌がらせをされて……。そのうちオーナーも『君はアメリカ帰りやから協調性がない。そういう子はどこに行っても、会社でもやっていかれへん』って言い出した。

m: それでも辞めなかった?

M: うん。だから、『もう時給いらんから、タダで歌わせてくれ。その代わり客から“マヤちゃんにこれ歌って欲しい”っていうリクエストが入ったら、1曲1000円くれ』って言ったの。最初は『絶対そんな客おらんから。君の曲なんか聴きに来てない』って言われて、ホンマに手ぶらで帰っていたけど、そのうち客がシステムを理解してきたら、誰よりも稼げて。でも、他の女の子たちはもっとおもろないから、もっと嫌がらせするようになった。

m: 純粋に歌が歌いたい!。というマヤさんは、きっと異色だったのでしょうね。

M: お金とか即物的なこととかは、理由が見出しやすいけど、情熱的なこと、パッションで動けることって、それがない人にとっては不可解やから、目の前でそれを見ることがめっちゃ不安なんよね。だから、『あいつ何でこんな真っ直ぐやねん。怖いねん。キショいねん』と思って潰そうとするのかな? もちろん人によるけど、日本人にはそういう人がちょっと多いと思う。

m: それで、またニューヨークに?

M: その店が呼んでいた海外からのゲスト・シンガーにも、『こんなしょうもない所でやらんでも、“お金なくてもいい”って言うような子やったら、アメリカでやれば絶対チャンスある』ってずっと言われていて。精神的にも1回リセットしたいわぁって思ったから、2007年にこっち戻って、ツアーガイドの仕事をした。仕事って人間関係とペイが良ければ、内容が楽しくなくても、『あたしには歌もあるし』って折り合いがつけられる。『何でこんなことやらなあかんのやろ?』とか『ホントにこれだけの価値しかない、これにディザーブする人間なのかな?』って自問自答して落ち込んで行く仕事でなければ、何でもいいねん。

m: “live for work”と“work for live”をちゃんと区切られるんですね。

M: 日本では二度と歌を仕事にするまい、と思ったからね。自分の信念を何も変えずに好きなことを仕事にできる人は、ホントに天才か、ものすごく運がいいか、周りにすごく能力のある人がいるんやと思う。稀やし、リスキーやと思うから。自分はそこまで長けてないと思うし、やっぱりバックアップも必要やと思う。『これに失敗したら、もう食べられへん』っていう歌よりは、余裕があったほうがいいから。

m: 2年ぶりに音楽活動を再開したきっかけは何だったのですか?

M: 日本で一緒にバンドをやっていた人から、久しぶりに電話かかってきて、『今バンドやってんねんけど、遊びで1回だけ練習参加してみぃひん?』みたいなこと言われて。全然歌ってなかったから不安もあったけど、行ってみたら、『何でこんなにやめとったんやろう』って思うくらい、めちゃくちゃ楽しくって。みんなも『またやろうや』『一緒にやろうや』みたいなこと言ってくれて、ライブやることになった。

m: 久しぶりのライブはどうでしたか?

M: 今年の1月31日に初ライブやったんだけど、ステージで歌うって、死ぬほど気持ちええねやんか。変な話、セックスよりも100倍いいと思う。それこそ観客とバンドのメンバー全員としている感じ(笑)。たぶん、どんなミュージシャンも、これでやめられへんねやろなって思う。ステージの上で単純にいい気持ちで歌えて、お客さんがいっぱい来てくれて、ノッているところ見られるんやったら、ギャラなんてもらえなくても、それで気持ちは満たされる。

m: 緊張はしなかったのですか?

M: ピアノって音押さえるとその音は鳴ってしまうから、間違うとすぐわかる。だから苦手やったし、人前で弾くの苦痛やったんけど、歌ではオペラも入れて1回も緊張したことがないの。気持ちいいドキドキでしかないというか、それこそ初デートで『今から会える!』みたいな感じと一緒で、観客に一斉に見られたときは、たとえそれが白い目だったとしても、『お前ら今はそんなシラーっとしとるけど、見とけよー』みたいな気持ちを自分からワーッて出すから緊張しない。間違える気がせんていうか、バレるような間違い方をする気がせん。だから一緒にやる相手はすごく大事やと思う。キープアップしてくれる人っていう信頼感がないと。

m: それが今のバンド、Soul Pot ですね?

M: そう。Soulはみんなの好きなソウルから、Potはメルティングポットから取って。カテゴライズされたくないけど、ベースはソウル。昔の黒人音楽からアイデアを得て、そこにメンバーそれぞれの音がゴチャゴチャって入って、1個の料理、関西でいう“おでん”みたいな音楽ができたらいいなぁって。

m: 日本人がアメリカでソウルを歌うことについて、何か言われたりしませんか?

M: 『これは俺らの音楽なのに、お前らがやっているなんてすごいよ』って言われると、そういう聞き方するんやなって思って。『俺らの目は誤魔化せない、俺らはこれと一緒にグロウアップしたから。俺は認めるよ』って言ってもらえると、すごく嬉しい。日本はそういう感じじゃなくって、『カッコいいです』とか『可愛いです』とかやから、どこ見てんのやろなって思うときがあるけど(笑)。ソウルにもファンクとかカテゴリーはあるものの、例えばマイケル・ジャクソンのように、彼が歌えば全部マイケル・ジャクソンっていうカテゴリーになるやん? それくらいにまでなりたいとは思う。

m: どんな音楽をめざしたい?

M: アートやから、『人を動かしてみたいんです』みたいなコトがあると、カッコいいとは思うけど、それはもっと先。今のアタシの音楽って例えば、『上司むかつくわぁ』とか、『私こっちでめっちゃ人気あるし、めっちゃカッコいいことやってんねんでぇ。お前そんなんちゃうやろぉ、この37のお局ぇ!』みたいな。で、その人が私の動画を見たときに『職場でいじめとったけど、こんなカッコいいことやって、なんか面白ないわぁ』とか思っていたら、めっちゃ気持ちいい。そんなくだらんことのやり返しとかにも使ってんねん、音楽を。そして、あるときはピースフルな気持ちで、あるときは愛する家族を、あるときは恋している相手を想って歌うことももちろんある。でも、どれも全部、自分やから。誰かを傷つけていなければ、それでいいと思う。

m: 近々、ライブがあるそうですね?

M: 7月11日に、ミッドタウン・イーストのMiles’ CafeでSoul Pot4回目のライブ
をやります。Miles' Cafeはこのたびグランドオープンです! ソウルのオールディーズ、60~80年代の定番曲に加え、今回はSoul Potオリジナル曲も初披露します。作詞・作曲にも挑戦しましたので、ぜひ見に来てください。

たけたに・まや 1980年、兵庫県生まれ。2002~2004年、ニューヨーク在住。ジュリアード音楽院ボーカル・クラス、マネス音楽院オペラシーンクラス 単位習得。大阪音楽大学声楽科卒業後、ピアノ教師、ボイス・トレーナー、クラブシンガーを経て、2007年に再渡米。ツアーガイドを経て、現在はソウル/ファンク・バンド Soul Potでボーカルを担当している。
http://www.myspace.com/soulpot

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